KNOW THY BEAST | 8月15日 特別寄稿

〜真珠湾より早かったマレー沖の衝撃、
チャーチルの杖が落ちた日〜

【店主からのご挨拶】

いつもKNOW THY BEASTをご愛顧いただき誠にありがとうございます。英国のクラシックなカルチャーとエンジニアリングを愛する当店ですが、毎年8月15日という節目の日を迎えるにあたり、歴史の事実に静かに光を当て、歴史が生んだドラマと先人たちの足跡に思いを馳せる特別ブログをお届けいたします。

1. 毎年8月15日に思い返す「開戦」のパブリックイメージ

毎年8月15日を迎えると、テレビやニュースでは戦争の悲劇とともに「日本は真珠湾を奇襲攻撃して大東亜戦争が開戦した」というナラティブが繰り返されます。また、太平洋戦争後半における戦艦大和や武蔵の悲壮な最期、航空援護がない中でアメリカの圧迫的な物量と無数の戦闘機・爆撃機・魚雷攻撃を受け、なすすべもなく巨艦が沈んでいった光景を思い浮かべる方も多いでしょう。

しかし、「航空戦力のみによって、航行中の主力戦艦を撃沈する」という世界海軍史上初の快挙を成し遂げたのは、実は他ならぬ日本海軍でした。そして何より、空母を世界で初めて「一団の機動部隊」として集中的に運用する思想を確立したのも日本です。

そして「卑劣なだまし討ちの真珠湾攻撃によって戦争が始まった」という通説は、時間的・地理的な事実関係から言えば大きな誤解を含んでいます。真珠湾攻撃の火ぶたが切られるより遡ること数時間前、遥か東南アジアのマレー沖にて、すでに歴史を大きく動かす開戦の一撃が放たれていたのです。

2. 真珠湾より早かった開戦 マレー作戦と陸軍落下傘部隊

「大東亜戦争」という呼称は、1941年12月12日、今次戦争の正式名称として日本政府が閣議決定したものです。「大東亜」とは、当時の白人列強による欧米諸国の植民地支配からアジアを解放し、東亜の自立と平定を目指すという理念のもとに授けられた名称でした。

ハワイ真珠湾への攻撃が行われる約2時間15分前(現地時間1941年12月8日午前0時25分/日本時間午前2時15分)、イギリス領マレー半島のコタバルへ日本陸軍(第25軍)が上陸を開始しました。さらに陸軍の精鋭部隊や航空部隊、挺進連隊(降下部隊/落下傘部隊)の活躍に代表される空陸一体の作戦が連動し、大英帝国の東南アジア要塞に対する「マレー作戦」が電撃的に開始されていたのです。すなわち、大東亜戦争の真の開戦の地は真珠湾ではなく、マレー半島でした。

3. マレー沖海戦の真実 世界最強戦艦プリンス・オブ・ウェールズの沈没とチャーチルの衝撃

英国の威信をかけて極極東に派遣されていたのが、イギリス海軍東洋艦隊の誇る不沈戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」でした。プリンス・オブ・ウェールズは、ビスマルク追撃戦やチャーチル首相とルーズベルト大統領の大西洋会談の舞台にもなった、文字通り英国最強最新鋭の不沈戦艦です。

1941年12月10日、マレー沖において、日本海軍の陸上攻撃機隊(一式陸攻・九六式陸攻)がこの英東洋艦隊を捕捉。「航行中の戦艦は航空機のみでは沈められない」という当時の大艦巨砲主義の常識を覆し、日本海軍航空隊は精妙極まる魚雷と爆撃の連続攻撃により、わずか数時間で両艦を海底へと沈めました。

ロンドンの首相官邸でこの沈没の報(電話)を受けた英国首相ウインストン・チャーチルは、あまりの衝撃と激動に手にしていた杖を床に落とし、しばらく言葉を失ったと伝えられています。後年、チャーチルはその回想録の中で次のように語っています。

チャーチル首相の回想:
「ベッドの中であまりの衝撃に身をよじった。戦争全体を通じて、私にとってこれほど直接的なショックはなかった。太平洋とインド洋において、英米の戦艦は一隻もなくなり、すべては日本に開かれてしまった。」

4. 「マレーの虎」山下奉文将軍とシンガポール陥落

海上の脅威を払拭した日本陸軍第25軍を指揮していたのが、「マレーの虎」と称えられた山下奉文(ともゆき)中将です。山下将軍率いる日本軍は、密林とジャングルに覆われたマレー半島を、銀輪部隊(自転車部隊)や軽戦車を活用した電撃戦で急進。大英帝国が「絶対に攻略不可能」と誇っていた難攻不落の要塞シンガポールへと迫りました。

1942年2月15日、大英帝国の極東最大の拠点であったシンガポールは陥落。山下中将と英軍司令官パーシバル中将との会談における「イエスかノーか」の決断を迫るやり取りはあまりにも有名です。英国が数百年にわたり築き上げてきたアジアにおける植民地支配の象徴が崩れ去った瞬間であり、これはアジア諸国の独立への機運を劇的に加速させる歴史的転換点となりました。

5. 英国びいきの当店がこの歴史を振り返る理由

当店は、英国のクラシックな造形美、メカニズムの美学、そして職人精神に溢れたスタイルを深く愛し、皆様にご提案しております。しかし、英国という偉大な国の文化や気品に敬意を払うからこそ、対峙した先人たちの気爆や、歴史の真実に対しても正対したいと考えております。

武士道と騎士道。かつて激しい戦火を交えた両国ですが、お互いの強さと誇りを認めたからこそ生じる深いリスペクトが存在します。8月15日という静かな節目の日に、チャーチルの落とした杖の音、そして誇り高く戦った両国の先人たちに思いを致し、現在の平和と文化の交流に感謝を深める一日としたく想います。

本日も皆様のご来店を、心よりお待ちしております。

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